一体感/白馬岳

一体感/白馬岳

その場にいる人間すべてが、一体感に包まれる時がある。例えば、自分たちの国を応援するスポーツ観戦や、アーティストのライブ会場、はたまた電車に乗っていて出くわす地震災害時など、それは日常生活においてさまざまだ。さっきまで見知らぬ人同士だったのに、一度その一体感に包まれると、前から知り合いだったかのようにふるまえる。日本人は照れ屋で恥ずかしがり屋なので、何か一つの目的が生まれると結束しやすくなるのだろう。

山に登っている人なら納得していただけると思うが、特にその一体感が山の場合は強くなる。同じ山に、そして同じコースをえっちらおっちら登っている、ただそれだけで何となく一体感が生まれる。下界では体験できない特殊な状況下に身を置いているのが大きな理由だと思う。

7月末、夏休み第1弾の夫と二人、北アルプスの白馬岳に登った。白馬岳は高山植物の花々が有名で、天空の花畑のような写真を目にしてから、一度訪れてみたいと思っていた。ただ、白馬岳でもう一つ有名なのが夏でも溶けることのない大雪渓で、初めて写真を見たときはまだアイゼンも持っていなかったため、私のレベルではまだ早いだろう、と去年は山行を見送った。そして今年、改めて白馬岳山行を計画した。この1年でそれなりに色んな山に登ってきた。もうレベル的にも、体力的にもおそらく大丈夫だろう。
行程は2泊3日。健脚なら1泊2日で行けるところを、のんびり歩くことにする。マイカーで白馬八方バスターミナルに駐車し、バスで栂池自然園へ向かう。二人で荷物を分散できるのと、今回のコースは1日の移動時間が短いので、テント泊装備にした。1日目は栂池から白馬大池山荘に1泊、そこから翌日は荷物を背負って小蓮華岳を経て白馬岳に登頂、山頂直下に建つ村営の白馬頂上宿舎で1泊。3日目は大雪渓を下って猿倉に抜け、猿倉からバスで車が待つ八方バスターミナルに向かう計画を立てた。

初日。3時起床の4時出発だったにもかかわらず、やはり北アルプスの中でも白馬は日本海側でかなり遠く、またバスの乗り継ぎもあり、栂池自然園からいざ登り始めたときにはすでに正午近くになっていた。しかもめちゃくちゃ暑い。おかしい。アルプスは3,000m級の山々、涼しいと思い込んでいた。でも考えてみると、登りはじめの栂池自然園は標高が2,000m足らずである。下界よりは涼しい気がしたが、それにしても暑すぎた。白馬大池山荘までコースタイムでは3時間ほどで到着するはずが、荷物の重さと暑さで思うように足が進まない。可憐に咲く花々を期待していたが、この辺りは標高が低く気温が高いせいか、花々はほとんどしおれて終わりに近かった。私の気分もしおれていく。

二人でこれくらいの量で大丈夫でしょう、と用意した水がどんどんなくなっていく。予備の水にも手を出す始末だ。まずい、水が足りなくなるかも・・・そう焦り始めたとき、白馬大池が見えてきた。ほっとした途端、見事にすっころんだ。

幕営の受付を済ませ、テントを張って荷物を整理し、改めてチューハイで乾杯する。夏休み中とはいえ、平日なのに結構な混みようだ。おもしろかったのは家族連れがちらほらいたこと。栂池からならそんなに過酷な道ではないので、子どもを連れても登れるのだろう。

チューハイを飲みつつ、白馬大池を眺めながらぼんやりしていると、小学校高学年くらいの男の子がその辺にある石を拾い、池の中にある岩を狙って投げ始めた。岩までは10メートル以上離れており、当てるためのコントロールだけでなく、それだけの距離を飛ばせる投力が必要となる。そのうち一緒にいた母親らしき女性も参戦するが、やはり肩の力がいまひとつで、そもそも投げても石が届かずじまいだった。一度すっぽ抜けて夫の方に石が飛んできてかなりびっくりした。危ない危ない。

女性があきらめると、今度はおそらく少年の父親らしい男性がやってきて、息子と争うように石を投げ始めた。ただの遊びがかなり真剣なゲームになっている。10回投げるうち、半分くらいはかなり惜しいところまで行くのだが、それでもなかなか命中しない。後ろで見守る我々も、いつの間にか「あー惜しい!」とか「あとちょっとだったのに!」などとつぶやくようになっていた。今、この白馬大池にいる私たちは、石投げという奇妙な一体感に包まれていた。がんばれ、がんばれ。岩に当たるまであきらめるな。

何十回目だろう、少年が投げた石がきれいな放物線を描き、目標の岩にこつんと当たった。おお!やった!

母親たちに褒められて照れながらもうれしそうな少年と、ちょっと悔しそうな表情を浮かべる父親の男性、そして拍手を惜しみなく送った私たちギャラリー2名。つかの間の一体感を楽しんだ。

翌日以降も、その時その場にいる人たちと、たくさんの素敵な瞬間を共にすることができた。
山頂付近に咲く美しい花々を、大きな一眼レフカメラを構えるおじさんと譲り合って撮ったり、燃えるような夕焼けを見られるベストポジションを女性に教えてもらったり、よちよち歩きのヒナが必死に親鳥にくっついてまわる雷鳥の親子を見守ったり、直前までガスで何も見えなかったのに奇跡的に晴れた白馬岳山頂で、登頂写真をお互い撮りあったり。
そして太ももと膝に容赦なくダメージが来る大雪渓の下りを、団体さんに抜きつ抜かれつ、道を譲り合いながらみんなでがんばって足を動かしたことも然り。

山の上ではみんな、少しだけ親しみやすく、人懐こくなる。
それはきっと、山で目にする美しいものすべてを、みんなで共有する喜びを知っているから。

 

白馬岳(2,932m)/北アルプス

白馬岳は、北アルプスを代表する山で槍ヶ岳と人気を二分している。南北に連なる後立山連峰の北部にあって、長野・富山両県、実質的には新潟を加えた3県にまたがっている。麓には白馬八方スキー場などがあり、アクセスもよい。
夏でも溶けない猿倉からの大雪渓と、花の山とも誉れ高い夏の花畑が見事。

≪コースタイム≫
1日目:栂池自然園→白馬乗鞍岳→白馬大池(白馬大池山荘テント泊)
歩行時間 栂池自然園~白馬乗鞍岳 4時間 白馬乗鞍岳~白馬大池 40分
歩行距離 4.24km
最大高低差 550m

2日目:白馬大池→小蓮華山(大日岳)→白馬岳山頂→白馬山荘白馬頂上宿舎
歩行時間 白馬大池~小蓮華山(大日岳) 2時間45分 小蓮華山(大日岳)~白馬岳山頂 2時間30分 白馬岳山頂~白馬頂上宿舎 30分
歩行距離 7km
最大高低差 600m

3日目:白馬頂上宿舎→白馬尻小屋→猿倉登山口
歩行時間 白馬頂上宿舎~白馬尻小屋 3時間10分 白馬尻小屋~猿倉 50分
歩行距離 6km
最大高低差 1,500m

≪アクセス≫

〇マイカーの場合は、白馬八方バスターミナル(第5駐車場が近くておすすめ)に停め、バスで登山口に移動するとよい。
行きは栂池から、下山口は猿倉にした。

関越自動車道(藤岡JCT)→上信越自動車道 長野IC
中央道自動車道(岡谷JCT)→長野自動車道 安曇野IC
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〇長距離バス 東京新宿-白馬八方バスターミナル
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〇電車 新宿駅(特急あずさ)→松本駅→JR大糸線 白馬駅→路線バス→白馬八方尾根スキー場

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