風/利尻山

風/利尻山

日常生活において、私は“風”をそこまで意識しない。
少し風が強いかな、という日は、洗濯物をしっかりはさみで押さえておくとか、台風が近づいているのかなとか、そんなことを思う程度である。
だが、登山において風はかなり重要な要素だ。はっきり言って雨よりも風の方が危険度は高い。
昨年、私は愛車ごとフェリーで北の大地に渡り、旅をしながら最果ての利尻島を目指した。(詳しくは、ROAD TRIPで紹介している)
一番の目的は、百名山の一座目である「利尻山」に登るためである。
その利尻富士で、私は初めて風の洗礼を受けた。

早朝5時から支度し、さあ登り始めようとしたその時、割としっかりとした雨が降り出した。少し待ってみたが、あまりやむ気配はない。あんまりのんびりしていると下山が遅くなるので、5時半頃に出発した。
スタート時からしばらく霧雨が降り続き、ザックカバーを持ってくればよかったと後悔する。今回は日帰りで、登るときの荷物は少ないので、ザックカバーが付いていない最軽量のアタックザックを選んだのが失敗だった。買ってあったごみ袋でしのいだけれども、次回の教訓としてザックカバーを持参することを学ぶ。

本州に比べて北海道の山々は、気候の関係で森林限界の標高が圧倒的に低い。利尻山も、たかだか800mにも満たない6合目の時点で、背丈の低いハイマツなどの樹々しか見かけなくなった。つまり、風をさえぎるものがないのだ。おかげで風は我が物顔での大暴れで、もはや台風クラスの勢いだ。なんでこんな中登っているのだろう、と素朴な疑問がふと頭をかすめるが、もくもくと足を運ぶ。ザックカバー代わりにしていたごみ袋がばたばたはためいてうるさい。 飛んでいきそうになるたびに後ろを登る友人に結び直してもらう。次回からザックカバーを持ってくることを神に誓う。

8合目の避難小屋に到着した。霧雨と強風はおさまる気配がないし、この時点でまだ8時半だったため、少し休憩しよう、と30分くらい待機することにした。小屋の中を見渡す。意外と中は広く、10人程度の人々が雨風をしのいでいた。無人で宿泊は禁止らしいが、ロフトのような作りになっていて、寝袋さえあれば緊急時は普通に眠れそうだ。
ふと、壁に貼ってあった林野庁のポスターが目についた。
利尻山に登る、と決めてから色々調べていて、このポスターの存在を知った。私が戦々恐々としていた理由がこいつだ。
さりげなく貼ってあるけど割と厳しいことが書いてある。

利尻山は登りはじめの標高が低く、高低差が1,500mくらいとかなり体力を要するのと、基本宿泊できる山小屋がなく完全な日帰りになるため、歩行時間が9時間越えの長丁場となる。
この山に登ると決めたときから、最初は私の体力で大丈夫かな?と思っていた。
ポスターには、この8合目の避難小屋までどのくらい時間がかかったか、そしてまだ体力も水も残っているかを問い、また登山口からこの避難小屋までかかった時間と同じだけの時間が、ここから山頂までかかること。そして、山頂までかかった時間と同じ時間が、下山にも必要になることが書かれている。
もしここまで4時間以上かかっている場合は、下山時間を考えると引き返さなければいけない。
色んな人の山行記録を見ていて、とある男の人のブログで、「ここまで3時間半かかった・・・微妙」とあって、男の人でもそれくらいかかるのか?!とびくびくしていた。
とまあそんな感じで、とにかく大丈夫か、と心配していたのだが、結論から言うとそんなに大したことはなく、この8合目避難小屋までは2時間45分くらいで到着していた。
少し休憩して、出発する。

  

利尻山は〇合目の名前というか、目印に書いてある名称が、最初の方は「野鳥の森」やら「雷鳥の道しるべ」やらでかわいいのだが、そのうち7合目になると「胸突き八丁」となり、最後の9合目はもはや名前ではなく「ここからが正念場」となる。
その言葉にもちょっとびびっていたけど、正念場という割には特にそこまで危険な箇所はなく、せいぜいやせ尾根と呼ばれているところがかなり狭い断崖絶壁かな?というくらいだった。頂上付近もかなり整備されていて階段状になっていたので登りやすかった。

が、いかんせん風がとにかく大変だ。頂上に近づくにつれて時折メアリーポピンズ状態になる。
やせ尾根の通過も余裕と書いたが、これは断崖絶壁の方に抜けるように逆に風が吹いていたらかなり怖かったかもしれない。霧の動きで風が肉眼で見えるという現象を初めて体感する。
思えば私は、これまで多少の雨は降っていても、強風の中登ったことはなかった。雨より風の方が危険である。

と、そうこうしているうちに山頂の鳥居が見えてきた。
ばんざい!山頂到着である。
普通登りのコースタイムは平均約5時間ほどだが、記録していた登山アプリを確認したら、山頂まで4時間23分で登頂できた。
狭い山頂にあとから登山者が続々到着して、皆で晴れ待ちしていたけれども、鉄のカーテンならぬ、白の雲カーテンに囲まれ、下界どころかすぐ近くにあるらしいローソク岩すらも見えなかった。

ちなみに利尻山は島全体が山だからか、山頂も携帯の電波が余裕で通じた。一足先に途中離脱して下山した友人に即メールし、登頂実況中継がてら雲の状況を見てもらうも、なんと下界は快晴らしく爽やかな青空の写真と、山頂だけ雲の帽子をかぶった利尻山の写真が送られてきた。
20~30分ほど粘ってみたけど全く雲が晴れる気配はなし。もう寒いし、さっさと下山を開始することにした。
下りも、山頂に近い8~9合目のあたりは登りと一緒でかなりの強風だったが、だんだん下界が近づくにつれて晴れてきた。友人から送られてきた写真の通りだった。

そして天気が回復するにつれ、自分の足ばかり見ていた登りに比べて、下りでは景色を見る余裕が出てくる。ダケカンバが鬱蒼としたトンネルのようになっていてとても美しく、何枚もシャッターを切ってしまった。登っているときは全然目に入らなかったが、こんなにも植生が美しいところだったのだ。
もう登ることはないかなと思っていたけど、これはリベンジか、という不完全燃焼の気持ちがよぎった。

5合目あたりまで降りてくると、登りの時は全く見えなかったペシ岬が遠くに見えた。「お疲れさま」そう言ってくれているように思えた。
いつの間にかやら風の存在は感じなくなり、最後の方にはもう太陽が出ていて、レインウェアに身を包んでいた私たちはそれを脱ぎ捨て、きゃっきゃっしゃべりながら下山した。

風は空気の流れだ。自然の摂理の中に組み込まれている。時折大きなエネルギーを生み出し、我々の力にもなってくれるが、容赦なく破壊もする。当たり前のことを忘れていた。下界においては、風は目には見えないものだと思っていたけれども、山の中では風が可視化される。風の存在を強烈に感じた山行だった。

雨や雲、雷などと同じく、風はまるで意思を持っている生き物のように、私たち登山者を試すのだ。

 

利尻山(1,721m)/北海道

深田久弥の『日本百名山』に最初に登場する日本最果ての山、利尻山。深田氏は利尻山を「島全体が一つの頂点に引きしぼられて天に向かっている。こんなみごとな海上の山は利尻岳だけである」と称賛している。その美しいフォルムから、別名利尻富士とも呼ばれている。
ルートは今回ピストンした鴛泊(おしどまり)コースと、沓形(くつがた)コースの二種類がある。
登山口の標高が200mほどしかなく、高低差1,500mほどを基本日帰りで登らなければならないため、体力を要する。

≪コースタイム≫ 5時半スタート~15時下山 約9時間30分(途中休憩1時間含む)
鴛泊登山口(北麓野営場)→利尻岳山小屋利尻山(利尻富士)利尻岳山小屋→登山口
歩行時間 鴛泊登山口~利尻岳山小屋(8合目)2時間50分/利尻岳山小屋(8合目)~利尻山(利尻富士)山頂 1時間30分
歩行距離 12.09km
最大高低差 1,541m

≪アクセス≫

鴛泊登山口(北麓野営場)へのアクセス

〇徒歩
「フェリーターミナル」~ 3.6km 約60分
「温泉バス停」~     2.2km 約40分

〇マイカー
「鴛泊市街地」~     3.5km 約10分
「鬼脇市街地」~      20km 約30分
「沓形市街地」~      15km 約25分

※宿泊施設によっては、登山口への送迎を行っています。
※タクシー会社の早朝営業ははなし。

利尻フェリー時刻表(ハートランドフェリー)