楽園散歩と、山でのご縁2/雲ノ平

楽園散歩と、山でのご縁2/雲ノ平

「雲ノ平」という地名を初めて耳にしたときから、既に憧れは始まっていた。

3,000m級の山々が連なる北アルプスの奥のまた奥に、なんとも心がくすぐられる、そんな呼び名の土地がある。〇〇平、という名称は山では割とポピュラーで、鏡池が近くにある「鏡平」、穂高岳山荘初代主人の娘の名がつけられた「紀美子平」、「畳平」「天狗平」などなど、山の中での平坦な地は大体、「〇〇平」と名付けられている。ちなみに富士山の展望スポットという意味の「富士見平」はあちらこちらの山で散見する。日本全国、どの方角からもその姿を焦がれている富士山よ。

そんなありとあらゆる「〇〇平」の中でも、最も魅力的な響きを持った「雲ノ平」への山行に、友人が誘ってくれた。8月中旬、下界では夏まっさかり。気を付けないとただ外を歩くだけで熱中症になるほどの暑さだが、予想通り山の上は涼やかだ。

新穂高温泉から入り、鏡平、双六、三俣を経て雲ノ平へ。帰りはその行程をそのままピストンで戻ってくる3泊4日の山行。今まで最長で2泊までだったので、4日間歩き通しというのは初めての体験だ。すべて小屋泊、食事だけ自炊の素泊まりだが、さすがに3泊4日ともなると食事計画は壮大かつ複雑だ。(大げさ)用意する食材も、何日目のいつ使うのかメモしておかないと自分でもわけがわからなくなる。初日は凍らせておけば何とかいけるが、夏場なので2日目、3日目となってくると生の食材は持参できない。乾燥食材を取り入れたり、フリーズドライにしてみたり、といつもより食事の準備に気合が入る。

あれこれ用意して入れてみたら、小屋泊なのに30Lのザックで既にぱんぱんになってしまったので、余裕を持たせるためにテント泊用の65Lザックに詰め直した。おかしいな。集合して見てみると、友人は普通に30Lのザックにおさまっている。どうも私にはパッキングの才能がないらしい。もう荷物は忘れずに入っていればそれでいい。そういうことにしておく。

いざ、新穂高温泉登山口を出発する。平坦な道をひたすら歩き、わさび平小屋(あ、ここでも〇〇平という名前を発見)に到着した。冷たいきゅうりやトマトなどがぷかぷかと水に浮かびながら出迎えてくれていたが、先を急ぐことにする。わさび平からはやっと登山道らしい小池新道に入り、ここから鏡平をめざして登っていく。途中のイタドリヶ原、シシウドヶ原では白く細やかなシシウドという花が辺り一面満開で、風にさざめいていた。

途中私は激しい腹痛に見舞われ、ずっと財布にしのばせていたスト〇パが初めて役に立った。どうなることかと思ったが、なんとかへろへろになりながらも、鏡平山荘に到着。本当は初日に双六まで行ってしまうつもりが、私の体調と時間の関係で、鏡平で一泊することになった。大変申し訳ない。鏡平山荘で宿泊の受付をし、ほっと一息ついていたらザーーーと突然雨音が聞こえてきて、無理やり双六へ出発しなくてよかった、と胸をなでおろした。

翌朝。山荘の名前の由来でもある鏡池まで少し戻って、有名な逆さ槍の撮影を楽しんでから、いざ雲ノ平へ向けて出発した。鏡平から弓折乗越までの道は、槍ヶ岳を右手にとらえながら歩くことのできる、槍展望ルートだ。勝手に槍様に応援されているような気持になりながらも、ひたすらもくもくと足を動かした。

それにしても長い。雲ノ平はまだか。

朝の6時に鏡平を出発して、8時間ひたすら歩き続けてもまだ着かない。途中写真撮影に夢中になっている時間も含まれているが、それにしても遠い。何しろ雲ノ平は、最短で歩いて2日かかる秘境中の秘境なのである。そう簡単にはたどり着けないのだ。雲ノ平の全貌を拝むまでも長いし、拝んでからも遠い。でもそれだけに、着いた時の喜びはひとしおだった。
あーやっと着いたーーーー

ついに到着した、雲ノ平。どこまでも走っていけそうな、美しく平らなその地には、下界では見ることのできない花々が揺れていた。

心地よい風が吹き抜けていく。
足元に咲く花々が笑ってさざめいている。

ここは一体何なのだろう。そもそも高い峰々の奥に、こんなまっ平らな土地が居すわっているなんて想像もできなかった。まるで神々が自由に散歩する、彼らが有する秘密の奥庭のようではないか。
すいません神様、ちょっとお邪魔させてください。そんな思いがちらっと頭をかすめる。

雲ノ平山荘で宿泊の受付を済ませる。平日ではあるが、シーズン中ということもあって多くの人々が思い思いの時を過ごしていた。素泊まりで自炊の私たちは、さっそく食事の準備に取りかかった。山小屋によって屋内で自炊が可能なところとそうでないところがあるが、雲ノ平山荘は一部のテーブルのみ火器使用が許されていてラッキーだった。既に私たちより年上の女性二人組がそのテーブルで山の雑誌をめくりながら談笑していたが、半分使用してよいか尋ねると、心置きなくOKしてくれた。

クッカーとバーナーでお湯を沸かしたり、米を炊いたりとあれこれやっていたら、その二人組女性の一人がきさくに話しかけてきた。最初は私たちの自炊に興味津々といった様子だったが、色々話していたらその女性、Mさんが実は山岳ガイドさんということがわかり、ツアー大変あるある話で大盛り上がり。今回の山行はプライベートだそうだが、大手の旅行社と契約していた時は頭に十円ハゲができるくらいストレスがすごかったらしい。ツアー会社によっても規約は色々違うらしいが、参加者の山行継続はガイドの判断にゆだねられることも少なくないらしく、ガイドがNG宣告をしたらその参加者は問答無用で参加不可、しかもみんなが帰ってくるのを待っていなければいけないそうだ。現に彼女たちが昨晩泊まった宿では、別のツアー団体が一緒だったそうだが、そのうちの一人の男性はガイドから「あなたはこれ以上無理」と宣告されていたそうで、絶景が目の前に迫っているにも関わらず、いびきをかいて寝ていたそうだ。なんという悲劇。ツアー怖い。

ひょんなことからテーブルを一緒に囲んだ縁で、友人は写真家、私はギャラリー運営と、我々が写真を生業にしていることも話題にのぼった。しかもタイムリーなことに、1か月後に友人が参加するグループ写真展が予定されており、会場は江の島。よくよく聞いてみると、その女性たちが住んでいるのはなんと鎌倉と藤沢。びっくりなことに友人と彼女たちはかなりのご近所さんだったのだ。ここで会ったのも何かのご縁、ということで、Facebookの友だち申請をしてつながった。

翌月、友人のグループ写真展を訪れ、同じように展示を見に来たMさんたちと合流し、雲ノ平以来の再会を祝して、私たちは4人で乾杯した。

山での出会いは一期一会、しかもその場限りということがほとんどだが、雲ノ平でのできごとはきっとご縁だったのだろう。今でもFBで、Mさんが元気いっぱいにツアーガイドをしている様子が時折タイムラインに流れてくる。また山で会えたらいいなあと思う。

これが、金峰山に続く、私にとっての山でのご縁、第2弾だ。

 

雲ノ平( 2,564m)/北アルプス

最短でも2日かかる北アルプスの中でも秘境中の秘境。道のりは長いが、その先に広がる景色はまるで楽園のよう。
雲ノ平にはスイス庭園や日本庭園、ギリシャ庭園など、庭園と名付けられた様々なスポットがある。

≪コースタイム≫

●1日目:新穂高ロープウェイ登山口~わさび平~鏡平(鏡平山荘泊)約5時間
●2日目:鏡平~双六山荘~三俣山荘~雲ノ平(雲ノ平山荘泊)6時間45分
●3日目:雲ノ平~祖母岳~三俣山荘~三俣蓮華岳登頂~双六(双六小屋泊)約6時間
●4日目:双六小屋~樅沢岳~双六小屋~鏡平~わさび平~新穂高ロープウェイ登山口 約6時間

歩行時間 50.5km
最大高低差 1813m

≪アクセス≫ ※詳細は新穂高ロープウェイサイト参照>>>

〇マイカー 【新穂高温泉へのアクセス】

・東海北陸道・飛騨清見JCT経由-中部縦貫道高山ICからR41・R158・R471で約70分
・長野道・松本ICからR158・安房トンネル経由-R471で約80分
・富山方面からR41-神岡経由-R471で約100分

【駐車場情報】

・市営新穂高第3駐車場か鍋平駐車場が無料でおすすめ
近隣MAPのURLはこちら>>>

第3駐車場は、県営槍ヶ岳公園線のスノーシェッド(半トンネルみたいなところ)の脇に入口がぽこっとあるので注意。

トイレ:あり

〇電車・バス

・関東方面から

JR新宿~松本(2時間40分)
定期バス松本~(平湯)~新穂高(2時間10分)
高速バス新宿~(平湯)~新穂高(5時間10分)

・中部方面から

JR名古屋~高山(2時間20分)
高速バス名古屋~高山(2時間40分)
定期バス高山~新穂高(1時間40分)

・関西方面から

JR大阪~高山(3時間20分)
高速バス大阪(梅田)~高山(5時間30分)
定期バス高山~新穂高(1時間40分)