雪、のち、坦々丼/丹沢山

雪、のち、坦々丼/丹沢山

恥をしのんでここに告白する。私は食い意地が張った、相当な食いしん坊である。(グルメではない)
山でごはんを作って食べることは、私の中で1、2位を争うくらいの山の楽しみだ。毎回、山行計画を立てるたびに、何を作って食べようか考えるのがとても楽しい。家で料理をするのと違って、限られた道具と食材で工夫して作るのがおもしろいのだ。

11月に入り標高が高い山は雪が積もったところも多く、この時まだアイゼンなどの雪の装備を持っていなかった私は、丹沢山に登ることにした。丹沢山系は日帰りでも十分行けるけれども、ヤビツ峠から入山してみたくて、そうなるとピストンだと結構な距離となる。急いで焦って登るのが苦手な私は、丹沢山の山頂にあるみやま山荘に予約を入れ、1泊2日でのんびり丹沢の稜線歩きを楽しむことにした。

山の天気でチェックしている「てんきとくらす」、そして天気アプリ「登山天気」、両方とも登山指数はA。2日間とも晴れマークしかない。完璧だ。登山口に着くまではそう思っていた。

小田急線秦野駅からバスでヤビツ峠へ向かう。平日にもかかわらず、ヤビツ峠行きのバスは中高年のハイカー団体でぎゅうぎゅうとなった。え、みんな丹沢山へ向かうのだろうか。ヤビツ峠に到着し、準備体操をしながらそれとなく観察していると、どうやらおじちゃんおばちゃんたちは大山へ行くらしい。ヤビツ峠から大山へ登れるのか。心の登山地図にそっとメモする。
初めての道、ヤビツ峠からまずは三の塔をめざす。予想に反して登りはじめからどんよりな曇り空だが、気にしない。天気が変わりやすいのは山の常である。とはいえ、天気予報では登山指数はAだったし、そうひどいことにはならないだろう。そうタカをくくっていた。

ヤビツ峠から二の塔、三の塔をどんどん通過していく。かなり見晴らしのよい稜線コースで、とてもよい道だ。でも、雲行きがあやしい。おかしいなあ。天気予報ではばっちり晴れだったのになあ。そう思いつつもくもく登っていると、鳥尾山荘あたりでついに雪が降ってきた。雪!!!!聞いてない。心構えが全くできていない。そもそも鳥尾山荘あたりで昼ごはんにしようと思っていたのだ。今日はメスティンで米を炊いて、仕込んできた肉味噌を乗せる坦々丼の予定だった。坦々丼に添える温泉卵や、ゆでた青梗菜もばっちり持参してきた。私の頭は、今日の昼に坦々丼を食べることだけで占められていた。
けれども、雪はかなりの勢いで降りしきっている。とてもじゃないけど、悠長に米を炊いている場合ではない。私は断腸の思いで、ひとまず予備のパンで空腹をしのいだ。

途中、男性二人組とすれ違い、「ここから先は危ないよ!雪がけっこう降ってるよ」と忠告されたが、そうはいっても私の今日の宿はこの先、丹沢山である。そもそもここから引き返すのも先に進むのと同じくらい時間がかかる。一人で心細かったが、とにかく先に進むことにした。

すぐやむかと思われた雪はどんどん強くなっていく。とにかく早く先に進まなければならない。けれども、見るもの全てが美しく、シャッターをつい切ってしまい全く先に進まない。今、まさに現在進行形で雪化粧していく山の様子を私はひたすら撮っていた。山は、来てみないとその様子はわからない、と常々思っているが、まさか11月に降りしきる雪景色を見られるとは思っていなかった。若干寒さ対策が甘かったが、それ以上に美しい、真っ白い銀世界を目の当たりにして興奮していた。

そんなこんなでやっと、今日の目的地、丹沢山の手前の塔ノ岳山頂に到着した。大倉からのピストンで3回ほど登っている丹沢のメジャーな山だ。坦々丼が食べられず、小さいパン1個でしのいだ私は、塔ノ岳山頂に建つ尊仏山荘に駆け込み、カップラーメンを注文した。山頂でのラーメンはすこぶるおいしいが、この日食べたカップラーメンの味は、坦々丼を我慢した分、ため息が出るくらい格別の味だった。

塔ノ岳を後にし、ひたすら歩いてやっとのことで丹沢山山頂に到着した。もうあたり一面真っ白である。丹沢山の標識を一応カメラにおさめ、さっさとみやま山荘に入った。この日は、丹沢で増えすぎて問題になっている鹿の駆除のチームの方々も泊まっていて、そのリアルな駆除トークに耳がダンボになっていた。

翌朝、のんびり起床した。私は朝食の予約はしていなかった。そもそも、坦々丼を作るときに炊く米を残しておき、翌朝の雑炊にしようと思っていたのだった。(私の1泊山行の自炊の基本スタイルだ)だが、坦々丼はいまだお預け状態である。結局、朝に米を1合炊き、半分は雑炊にして朝ごはんに、残りは昼に坦々丼にしようと試みた。食事の予定が完全に後にスライドしている。坦々丼。早く食べたい坦々丼。

この日は、前日の天気が嘘のように爽やかな青空が広がった。丹沢山の看板を撮ってみたが、昨日撮った写真とたった1日違いとは思えない変わりようだ。太陽の光で、あっという間に溶けていく雪を惜しみつつ、下山を開始した。途中の塔ノ岳も、昨日カップ麺を食べた時の曇天模様はどこへやら、目の前にどどーんと富士山が鎮座していた。私が塔ノ岳に登るときはなぜかいつも曇り空で、このように富士山がくっきり見える晴天は珍しいので、コーヒーを淹れて眺望を楽しんだ。

さて、大倉尾根をがんがん降りていく。坦・々・丼、坦・々・丼。頭の中で坦々丼コールが巻き起こっている。途中の堀山の家あたりで11時を過ぎていたので、もうそろそろいいだろう、とベンチで坦々丼調理を開始した。トランギアメスティンは、一見シンプルなアルミのお弁当箱のように見えるが、実はスウェーデン軍御用達、軽くてとても優秀である。もう米は炊いてあるので、肉みそをあたためてごはんに乗せ、温泉卵と青梗菜を添えた。1日越しの坦々丼、いっただっきまーす。本当は炊きたてのごはんで食べたかったが、それでも肉みそのパンチが効いたとてもおいしい坦々丼だった。肉みその赤、温玉の黄色、青梗菜の緑。写真映えも完璧である。食べる方も、撮る方も、やっと坦々丼を満喫することができた。

あの時あんなに欲していたにもかかわらず、そういえば、坦々丼はあれ以来食べていない。食べればきっと、あの雪の丹沢山を思い出すのだと思う。私の山の食事の記憶は、そのまま山の記憶にも直結するのだ。

丹沢山(1,567m)

都心からのアクセスもよく、老若男女たくさんのハイカーに愛されている丹沢山系。百名山の一つである。檜洞丸、三の塔など「山」「岳」の名前がつかないピークも多い。丹沢の最高峰は、蛭ヶ岳(1,673m)。
よく整備されているのでとても歩きやすく、初心者にもおすすめだが、大倉~塔ノ岳は高低差1,200m超をひたすら登る大倉尾根(通称、バカ尾根)。なめてかかると痛い目にあうが、逆にこの大倉尾根を余裕で登ることができれば、アルプスも余裕のはず。

≪コースタイム≫ ※2日目に蛭ヶ岳まで行く予定だったが、道の凍結により断念
1日目:ヤビツ峠→三ノ塔→鳥尾山→新大日→塔ノ岳→丹沢山(みやま山荘泊)
歩行時間 ヤビツ峠~塔ノ岳 4時間30分/塔ノ岳~丹沢山 1時間10分
歩行時間 10km
最大高低差 1,291m

2日目:丹沢山→塔ノ岳→大倉
歩行時間 4時間(写真を撮り歩きのかなりののんびりペース)
歩行時間 9.57km
最大高低差 1,276m

≪アクセス≫

行き:ヤビツ峠登山口(トイレ、登山届ポストあり)

〇マイカー 東名高速秦野中井ICから県道71号・72号を経てヤビツ峠駐車場まで約14.9km。
〇タクシー 小田急電鉄小田原線秦野駅北口4番乗り場から神奈川中央交通バスで約48分。バスの本数が少ないので注意!
(神奈川中央交通・秦野駅からヤビツ峠行きのバス時刻表はこちら>>>

帰りの大倉は渋沢駅行きのバスが30分に1本の間隔で出ている。