忘れ物、落し物/権現岳・編笠山/八ヶ岳

忘れ物、落し物/権現岳・編笠山/八ヶ岳

普段と違う行動をとると、人はかなりの確率でミスをする。
お盆に出かけた八ヶ岳の権現岳・編笠山の山行で、そのことを痛感した。

せっかくのお盆休み、この休日を利用しない手はない。だがそれにしてもハイシーズンのお盆だし、人気の山はどこも混んでいるのではないかという懸念から、目的の山はなぜか八ヶ岳の権現岳・編笠山に決定した。なるべく早い段階で登山口に立ちたいね、と夫と相談した結果、前夜に中央道途中にある八ヶ岳PAに到着しておき、車中泊してから早朝に出発するという計画を立てた。我が家の車は後部座席を倒してほぼフルフラットにできるので、ゆっくり横になれる。これを利用して夜のうちに移動距離を稼いでおく作戦だ。

20時頃に自宅を出発する。夜、真っ暗になってからの運転はなんだか変な感じである。それでも車は順調に進んでいき、首都高を経由して中央道に入った。今日はもうそのまま椅子を倒して寝るだけなので、私は準備万端、化粧もばっちり落とし、上下ともにリラックスして寝られる部屋着の状態だった。あとは歯磨きをして横になるだけである。

が、藤野PAを過ぎたあたりで、突然雷に打たれたように気づいてしまった。

「山用のタイツを持ってくるのを忘れた…!!」

今は寝るだけの部屋着なので当然タイツは履いてきていないし、着替えの中にも入れた覚えがとんとない。しかも、今回の山行ファッション、ボトムスはショートパンツという失態。何たることだ。

このままではショートパンツに生足で登らなければいけなくなる。色々な意味で、それだけは全力で避けたい。

そこからは、PAとSAのハシゴである。何とか厚手のタイツはないか、売場をかたっぱしから探した。だが、見つかるのは冠婚葬祭用のうっすい黒ストッキングだけである。そりゃそうか、だって今8月だもんね…。

今日の宿(というか、キャンプ場と呼ぶべきか)となる八ヶ岳PAに到着した。一縷の望みを持って売店を見てみたが、やはり黒ストッキングしか見つからなかった。もうやけくそで、2足買う。ショートパンツからのぞく足が妙に艶めかしくなることだけは避けたい。2枚重ねにすれば肌は透けることはないだろう。おそらく誰も見ていないと思うが。

あまり眠れない夜を明かし、翌朝、権現岳の登山口である富士見高原に到着した。もう一度着替えの中をのぞいてみたが、やはりタイツはどこにもいなかった。しょうがないので昨夜買った黒ストッキングを2枚重ね履きする。ストッキングを履くこと自体久しぶりだったが、普段山タイツを履き慣れているせいか、違和感はない。2枚重ねているおかげで、はたから見ると普通の山タイツに見える。よかった。

準備が完了し、意気揚々と登り始めた。今回は西岳を経由して青年小屋でテント泊、荷物をデポして権現岳に登頂し、翌日は編笠山を経由して再び富士見高原に下山する計画である。

青年小屋を目指し、まずは途中のピークである西岳を過ぎた頃、夫が突然叫んだ。

「手ぬぐいがない!」

夫の首にかかっていた手ぬぐいが消えている。しかも私の手ぬぐいコレクションの中でもかなりのお気に入り、金峰山小屋のやつだ。ブルー地に五丈岩が赤で描かれていてかわいいのだ。八ヶ岳に登っているのに金峰山小屋の手ぬぐいを選んでいるあたりが夫らしい。

結局、夫が来た道を200mほど戻って探したが、見つからなかった。ガーン。地味にショックである。

青年小屋に到着した。受付を済ませてテントを設営する。昼食(味噌カツ丼だった)を済ませてから、権現岳に向かった。権現岳は結構な傾斜でバリバリの岩場、鎖場でなかなかスリル満点な山だった。ごつごつした山頂はどこがてっぺんなのかがよくわからないが、何とか登頂した。

ふと見ると、ハードな岩場のせいでストッキングは伝線しまくっていた。

翌朝テントを撤収し、青年小屋の目の前にそびえたつ編笠山に登り始めた。編笠山は、平たい岩がたくさん積み重ねられた不思議な山で、その名の通り編笠を伏せたような山容だ。が、この見た目のなだらかな感じとは裏腹に、この山は大変登りづらい。1個1個の岩が大きく、印に沿って慎重に足を運ばないと、すぐに足をくじきそうである。ストックをしまい、手と足を両方駆使して必死に登る。とその時、「がこっ」という音と同時に、私の後ろを登る夫が叫んだ。

「水筒が・・・!!!」

振り返ると、ザックの外側の網ポケットに入れていた水筒が、岩と岩の隙間の下の方に落っこちているではないか。これは大変だ。なぜならこの水筒、私たちの共通の飲み水なのである。これを失うということは青年小屋まで下りて戻って水を調達しなければならない。夫がしゃがみこみ、必死に手を伸ばす。あともうちょっと。水筒のふたの部分はカラビナが通せるようになっていて、もう少しでその穴に指が届きそうだ。

「届いた・・・!」

ふたの穴に指をひっかけ、何とか水筒を引き上げた。やれやれ。一安心である。

とその時、はるか下の方の青年小屋から拍手喝さいがわき起こった。なんと、小屋の外のテーブルで休憩していたおばちゃんたちが、水筒が落下してから何とか引き上げるまでの一部始終を全て見ていたらしい。ちょっと照れ臭いが、惜しみないおばちゃんたちの拍手に、私たちは手を振ってこたえた。

その後、私たちは編笠山の山頂に到着し、そのまま富士見高原に向けて下山していった。

それにしても今回の山行は、あきれるほど忘れ物、落し物のオンパレードだった。
ここまで色々重なることは後先ないかもしれない。もうなくてよいけれども。

 

権現岳・編笠山/南八ヶ岳(権現岳 2,715m)

両座とも、八ヶ岳の南西に位置する山。南八ヶ岳は北に比べて険しい山が多く、権現岳もその一つ。急な岩場や鎖場があるので中級者向け。
また編笠山もなだらかな見た目とは裏腹に足運びに気を使うので注意が必要。

≪コースタイム≫
1日目:富士見高原→西岳→青年小屋→権現岳→青年小屋(テント泊)
歩行時間 富士見高原~青年小屋 4時間50分/青年小屋~権現岳ピストン 1時間20分
歩行時間 9.3km
最大高低差 1365m

2日目:青年小屋→編笠山→富士見高原
歩行時間 3時間
歩行時間 4.6km
最大高低差 1169m

≪アクセス≫

〇マイカー 中央道小淵沢ICから県道11号、485号などを経由し富士見高原駐車場まで約7km 約100台、無料。駐車場にトイレあり。
〇タクシー JR中央本線富士見駅からタクシーで約20分、約3500円