何もかもが未熟だった/蓼科山

何もかもが未熟だった/蓼科山

私が山に登り始めたのは2013年だったらしい。いつからかあまり記憶がはっきりしなかったが、写真を保存している一番古いフォルダ名が2013年7月白山・順礼峠となっていた。厚木の辺りからアクセスする低山だ。もともとは夫が友人と山に登ったと聞いて私も行きたい、と連れて行ってもらったのがきっかけだった。ちなみにこの順礼峠では、いきなり山ヒルの洗礼を受けた。

それから1~2カ月に1回くらいのペースで、夫と二人、気軽な低山ハイキングを楽しんできた。山に登るのに綿素材のシャツがご法度なのも全然知らなかったし、何より私は地図を全く見ていなかった。コースや登山口へのアクセスは全て夫任せだった。どのルートで、何分くらいかかるかなど無頓着。山行の基本を全く無視していた。夫も一緒なので大丈夫だろうとタカをくくっていたのだと思う。

一度病気で全く山に登らない期間があり、それを経てから再開した山登りは、私にとって意味合いががらっと変わった。それからは山に徐々に夢中になっていった。

今までは会社員である夫に合わせ、週末にそろって登っていたのだが、私自身が土日に仕事が入ることが多い。故に基本的に休みが合わないのだ。仮にたまに休みが合ったとしても、その日が晴れるとは限らない。

一人で行ってみよう。

なかなか二人で行くことがままならない中、私はそう決意した。

私は自営業の身なので、休みと働く日を自分でコントロールすることができる。せっかくだから、一度泊まってみたいと思っていた山小屋泊登山にしよう、と計画を立てた。

目的の山は、八ヶ岳の蓼科山に決めた。それまで登っていた山よりも少しだけランクアップするが、それでもそこまで難易度は高くない。山頂の山荘に予約を入れ、自分でコースを組み立てた。地図を初めてプリントアウトした。(今までは本に載っている地図を携帯で撮っておくだけだったのだ)

首都高を経て中央道をひたすら一人で運転した。途中、八ヶ岳という名のついたPAエリアがあるのを初めて知った。今まで中央道を通ったことがあっても、山梨止まりだった。

無事、蓼科山登山口の駐車場に到着した。できるだけたくさん歩きたかったので、直登できる蓼科山登山口からではなく、竜現橋という登山口から亀甲池を経て、二子山→大河原峠→将軍平から蓼科山に登る予定で意気揚々と登り始めた。このときすこぶるよい天気で、一人なのに自然とにやにやしていた。とにかくたくさん歩いて、山の空気を満喫したかった。

コースタイム的には6時間半、決して無茶なコースではなかったが、写真を撮るのが楽しく、だいぶ時間を食っていたのだと思う。双子山にお昼くらいに到着するはずが、亀甲池分岐の時点で既に11時半だった。まずい。当初の予定よりもだいぶ遅れている。双子池と双子山はあきらめ、ショートカットで亀甲池分岐から大河原峠に向かうことにした。

このあたりから、登りはじめ青空だった空はどんよりと曇り始める。私のテンションもどんどん下がってくる。とにかく誰にも会わない。心細い上に、まだ残雪が思っていた以上に多く、しかも人があまり通らない道らしくトレースがあまり付いていない。登山道がわかりにくいことこの上ない。途中GPSで何度も自分の位置を確認したが、時折微妙にずれていっていた。

こんなに雪があるとは思わなかった。そう思いながら持参した軽アイゼンを付けようとするも、実はこの時初めて付けるシロモノであり、どうやって付けるのかわからず説明書を片手に半泣きになりながら装着した。説明書には「必ず一度事前に装着の練習をすること」とあった。全く本当に、私みたいな未熟なのがいるからだろう。

蓼科山山頂直下に建つ蓼科山荘に着き、そこのご主人を遠めにとらえた時の安堵感は今でも忘れられない。思わず「こんにちはー!」と駆け寄ってしまったくらいだった。それくらい人恋しくなっていた。

その時点で既に16時前。一応予約をしている山頂ヒュッテに、少し遅れる旨の電話をかけた。

そこから山頂まで最後の急登がラスボスだ。今までに経験したことのない傾斜の雪の斜面に、心が折れそうになりながら登った。今見ればおそらくそんなに大したことない傾斜なのだろうが、当時の私にとっては本当に怖かった。傾斜がすごいので写真で記録したいのに、滑落が怖くてほとんど写真を撮る余裕がなかった。もう、とにかく前進あるのみ。山頂をめざしてひたすら進んだ。
ふいに、傾斜がゆるくなり、山小屋の姿が見えたとき、たどり着いた達成感と安堵感で、へなへなと倒れこみそうになった。

初めての山荘宿泊は、客が私ともう一人の男性しかおらず、はからずも山荘の小屋番のお二人と四人で宴会となり、大変楽しい夜となった。山行経験豊富で、ピークハントらしいその男性からは、私の登山靴について、ちゃんと防水性じゃないとだめですよ、とダメ出しされた。私もその通りだと思った。

何しろ、度重なる雪との格闘で、ゲイターを履いていなかった私の靴下はびしょぬれ。手袋もしっとりしていた。靴もびしょびしょだった。おまけに当初予定していたコースもまわれなかった。本当に、今思えば何もかも未熟だったのだ。

けれども、この蓼科山の山行があったから、山っておもしろい、と思うきっかけになったのも確かである。山荘にいる登山者すべてに平等な、暇で平和な時間も初めて堪能できた。

なぜ山にそんなにはまるようになったの?とよく尋ねられるが、夢中になった理由の一つが、この蓼科山の未熟な山行にあったと思う。

 

 

蓼科山/北八ヶ岳(2,530m)

北八ヶ岳の北端にある蓼科山は、通称「諏訪富士」とも呼ばれている美しい形をしている。山頂は大小の岩がごろごろしている不思議な景色。

≪コースタイム≫
1日目:竜現橋→将軍平分岐→亀甲池分岐→大河原峠→将軍平→蓼科山頂ヒュッテ
歩行時間 4時間40分
歩行時間 7.5km
最大高低差 888m

2日目:蓼科山頂ヒュッテ→蓼科山登山口(女乃神)
歩行時間 2時間30分
歩行時間 3km
最大高低差 700m

≪アクセス≫

〇マイカー 長野自動車道 諏訪IC-竜現橋駐車場
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