リベンジ/鎌倉アルプス

 

リベンジ/鎌倉アルプス

私は乳がんを患い、2015年12月に左胸の全摘手術を受けた。
幸い早期発見だったため、一部リンパ節に転移はあったものの他の臓器への遠隔転移はなく、乳房を切除してホルモン療法、場合によっては放射線治療を受ければよいだろうというのが主治医の見通しだった。

しかし、切除した左胸の腫瘍の病理結果が、予想に反して思わしくなかった。
最初の針生検の結果ではそこまで悪質ではないとされていたのに、蓋を開けてみると悪性度が最も高かった。核グレードは最高レベル。望んでいないにもかかわらず、私のがん細胞の顔つきは悪く、しかも盛んに増殖していたらしい。
核グレードは高ければ高いほど将来再発のリスクが高く、生存率はおのずと下がる。

主治医には「できれば抗がん剤治療が必要です」と告げられた。

心構えができていなかったので動揺した。髪をショートカットにしたのもただの気分転換に過ぎなかった、と笑っていたのに、まさかの展開だった。

けれども、私は化学療法、いわゆる抗がん剤治療を受けることを選択した。やらなかったことを後悔したくなかったからだ。

実際に治療が始まると、想像していたよりもつらくないことに気づいた。食事は取れていたし、嘔吐やむくみもそれほどなかった。化学療法といっても患者のがんの性質によって処方する薬が異なる。私の場合、副作用がそれほどきつくない種類の薬だったらしい。

それでも、髪はほとんど抜け落ちて禿げ頭となり、何よりも体力がめっきり落ちた。
それに気づいたのが、化学療法の全クールが終了して、山から元気をもらいたいがためにGWに夫に連れて行ってもらった鎌倉アルプスだった。アルプスと名前はついているが、寺の奥からぐるっと廻れる里山に近いところで、誰もが気軽に登れる優しいハイキングコースだ。
まだ体力が戻りきっていないだろうから、簡単な山を選んだはずだった。山自体には3,4年前からちょくちょく登っていたため、大丈夫だろうと過信していた。

しかし、実際に歩いてみると、自分の体力、筋力が抗がん剤によっていかに失われたのか身をもって知らされた。
鎌倉アルプスは建長寺の奥座敷、半僧坊から入るのだが、その参道の階段の時点で既に私はへたばっていた。手すりにつかまって少し登っては休み、また登っては休み、とほとんど老婆のようにして何とか階段を登り切った。
息は上がり、太ももも痙攣していた。私は自分の体力のなさに呆れていた。と同時に、普通に生活できていると思っていた、髪が抜けただけで他はそこまで影響はなかった、と思いこんでいた自分の体が、実は本当に、化学療法によってダメージを受けていたのだ、と思い知った。
それが2016年の5月のことだった。

そして、その1年半後。2017年11月に、再び鎌倉アルプスを訪れる機会があった。前回は夫と二人だったが、今回は一人だ。
北鎌倉駅から歩いて15分ほどで建長寺に到着する。拝観料300円を払い、寺社の紅葉を愛でながら奥へと歩いていく。いよいよ半僧坊にたどり着いた。建長寺内の景観にはあまり覚えがなかったが、やはり半僧坊の参道の階段を目の当たりにすると記憶がよみがえってくる。

わー、すごい急な階段だね!などと笑いながら登っているカップルを尻目に、私も階段を登り始めた。一段、また一段。あれっ、別につらくない。前は手すりにつかまりながらやっとの思いで登っていたのに、今日はすたすた自分の足だけで登れている。
特に息切れすることもなく、休憩もせずノンストップで階段のてっぺんに着いた。振り返ってみるとまあまあ急だけど、なんてことない階段に見える。

リベンジ、成功。

そう思いながら、私は鎌倉アルプスの銀杏の絨毯の道をどんどん歩いていった。

 

鎌倉アルプス(大平山・159m)

富士山や相模湾を見渡すことができる眺望が人気。3時間足らずのコースなのでお散歩にぴったり。
この時はJR北鎌倉駅から徒歩15分の建長寺から入り、瑞泉寺へ抜けるコース。

天園ハイキングコース詳しくはこちら>>>

≪コースタイム≫
建長寺→瑞泉寺
歩行時間 2時間40分
歩行時間 4km
最大高低差 149m

≪アクセス≫

〇JR北鎌倉駅から徒歩15分、建長寺(神奈川県鎌倉市山ノ内8)